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2012年06月13日 石山寺縁起絵巻を読む(逢坂山を行く人々) [石山寺縁起絵巻]

2012年06月13日 石山寺縁起絵巻を読む(逢坂山を行く人々)

6月13日(水)  曇り 東京 21.0度  湿度59%(15時)

8時、起床。
朝食は、ソーセージパンとコーヒー。
シャワーを浴びて、髪にあんこを入れて頭頂部で結んでシュシュを巻く。

化粧と身支度。
白・黒・グレーの不思議な柄のチュニック(5分袖)、裾にラインストーンが入った黒のレギンス(6分)、黒網のストッキング、黒のサンダル、黒のトートバッグ

9時50分、家を出る。
途中、コンビニで講義資料のコピー。
少し手間取り、乗るべき電車を逃す。

10時40分(10分遅刻)、自由が丘で講義。
『石山寺縁起絵巻』(近江・石山寺の由来と歴史を描いた鎌倉時代末期の絵巻物)の解読。
前回に続いて巻5第1段の絵解き。

天治年間(1124~25 崇徳天皇代、鳥羽院政期)、式部少輔藤原国親(北家真夏流)の妻が石山寺に参籠して、夢中に示現した観世音菩薩から「利生宝珠」を授り、京に戻ろうと逢坂山を西に急ぐ場面。
石山5-1-10.JPG
逢坂山の「関の明神」(赤い鳥居の脚が見える)の前にさしかった国親の妻の一行。
観世音菩薩から授かった「利生宝珠」を捧げた国親の妻を先頭に2人の侍女と従者(男)が従う。
当然のことながら、一行の服装は前の場面(石山寺の門に向かう場面)と同じ。
石山5-1-11.JPG
従者の男が振り向いた視線の先には、「関に清水」(板葺の覆屋)の前で僧侶が柄杓を差し出している。
しかし、帰宅を急ぐ国親の妻は見向きもしない。
石山5-1-12.JPG
「関の清水」を北側からみると・・・(巻3の第2段)。
石山3-2-2.jpg

国親の妻の一行の後方(近江側)に見える、米を運ぶ荷駄の一行。
石山5-1-13.JPG
京に向かっている。
黒馬の口には籠状の口枷。
馬方が黒馬の背に乗せた俵から米を抜き取っている。
明かな荷抜き行為で窃盗である。
しかし、前近代においては、こうした荷抜き行為は、一定の範囲(例えば1割とか)なら低賃金の輸送業者の「余禄」として許されていた(荷抜き慣行)。
依頼主も、承知の上だったと思われる。

国親の妻の先には、京の方面から騎馬の一団がやってくる。
石山5-1-14.JPG5人が馬に乗っているが、藁製の下鞍に粗末な木鞍で、本来、乗馬用とは思えない。
あるいは、荷駄の一行が運送業務を終えた帰り道だろうか。
なにやらなごやかな雰囲気なのは仕事帰りためか。
いわゆる「馬借(ばしゃく)」と呼ばれた人々か。

先頭の男は長い棒にまとめた縄を括りつけている。
石山5-1-15.JPG
次の男は、同じ長い棒に二匹の大きな魚(鯉?)を括りつけている。
棒に刺しているという解説(小松茂美氏)もあるが、一本の棒でこの形で魚を刺すのは不可能。
またこの棒は漁具の突き棒(やす)で男は漁夫であるという説明もあるが、この程度の鋭利さでは「やす」として役に立たないので無理がある。

この長い棒は、やはり運送に関係するものではないだろうか。
荷縄と対になっていることが、その証だと思う。

なお、2番目の男が乗る馬の尻尾は一回結わえられている。
長すぎて地面を掃くからだろうか。

3番目の男は、長い棒を弓に見立てて、頭上の獲物(鳥)を狙う仕草をしている。
その様子を2番目の男が振りかえって笑っている。

4番目は少年、やはり3番目の男の仕草に釣られて上を見ている。
やはり荷縄と笠を括りつけた長い棒を持っている。
鞍の後ろに小さな俵を載せている。
石山5-1-16.JPG
5番目の少年は、一行にやや遅れ気味で、馬を走らせている。
短衣の柄は白地に飛翔する鶴を染め出し、なかなかおしゃれだ。
石山5-1-17.JPG
4・5番目の2人の少年の姿は、少年の労働参加(見習い労働)という点で興味深い。

12時10分、終了。

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