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2011年12月14日 石山寺縁起絵巻を読む(菅原孝標女の石山詣) [石山寺縁起絵巻]

2011年12月14日 石山寺縁起絵巻を読む(菅原孝標女の石山詣)

12月14日(水) 朝方、雨のち曇り 東京 9.9度 湿度 55%(15時)
8時、起床。
朝食は、アプリコットデニッシュとコーヒー。
シャワーを浴びて、髪にあんこを入れて頭頂部で結んでシュシュを巻く。

化粧と身支度。
黒地に白で象徴柄のロング・チュニック(長袖)、黒のブーツカットパンツ、黒網の膝下ストッキング、黒のショートブーツ、黒のトートバッグ
ボア襟の黒のカシミアのポンチョを羽織る。

9時35分、家を出る。
雨は止んでいたが、寒い。
10時の東京の気温は6.5度、12時になっても7.9度。
(夕方から少し気温が上がり始め、9.9度という最高気温は夜22時代に記録)

駅前のコンビニで講義資料のコピー。

10時半、自由が丘で講義。
『石山寺縁起絵巻』(近江・石山寺の由来と歴史を描いた鎌倉時代末期の絵巻物)の解読。
巻3の第3段、『更級日記』の作者として著名な菅原孝標の娘(寛弘5~康平2年以降 1008~1059以降)が寛徳2年(1045)11月に石山寺に参詣する場面。
ちなみに、孝標女は38歳。
最初のシーンは、初雪?の逢坂山の場面。
石山3-3-1.JPG
やまと絵特有の柔らかな曲線で描かれる山並み、松の緑と雪の白の対比が美しい。
石山3-3-4.JPG
孝標女が乗るのは牛車ではなく、4人の男が曳く輦車(てぐるま)。
石山3-3-2.JPG
車の後に虫垂れ衣のついた市女笠を被り指貫袴姿の若い侍女が続く。
石山3-3-3.JPG
さらに、弓矢と長刀で武装した護衛が3人(騎馬2、徒歩1)。
男たちは、皆、蓑を着けて上に防寒している。
徒歩の護衛は藁帽子を被っている。

続いて、逢坂関の情景。
石山3-3-8.JPG
低い柵があるだけで、関守らしき男が1人。意外に簡易な施設。
近江方面から米を輸送する一行が通過する。
石山3-3-9.JPG
京の方からは狩りに出掛ける主従が通る。
奥に旅人のための井戸が見える。
石山3-3-10.JPG

逢坂関を過ぎると左手(北側に)雪をかぶった朱塗りの楼門が現れる。
石山3-3-6.JPG
中央公論社『日本の絵巻』の解説(小松茂美氏)は、朱塗りの楼門を石山寺とするが、孝標女は、娘時代(寛仁4年=1020、13歳)、父が受領(上総介)の任はてて上京する折に逢坂を通過した時、まだ未完成だった関寺がすっかり立派に出来あがっていることに感慨を覚えて歌を読むのだから、当然、描かれているのは関寺でなければならない。

そもそも、逢坂関との間には霞はなく、画面がつながっているのだから、石山寺のはずがない。
なんで、こんな当たり前のことを誤るのだろう?

2つ目のシーンは、石山寺観音堂に参籠した孝標女が見る夢の場面。
観音堂の外陣の局でまどろむ彼女の、几帳を分けて麝香の包を持った墨染の衣の手が差し出される。
石山3-3-11.JPG
内・外陣を隔てる格子の赤と、局を囲む簾の緑の対比が美しい。

ところで、麝香の包は厚さがなく、包と言うより厚紙のように見える。
麝香は、ジャコウジカの雄の腹部にある香嚢(ジャコウ腺)から得られる分泌物を乾燥した香料だが、どういう形なのだろう?
調べてみたら、乾燥したものは暗褐色の顆粒状とのことなので、薄い包でも問題はなさそう。

これで第3巻を読了。
12時、講義終了。

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